罪悪感
今日は罪悪感を癒す日です。
よく教師や上司には、何か間違った事をしたら
相手に罪悪感を植え付けることが大事だと
大きな勘違いしている方がいて、
大したことでなくとも、罰を与えたり、
みんなの前で、その人の尊厳を踏みにじる発言をしたり、
グチグチと説教したりと、イジメなのか?と思ってしまうほどです。
でも、そうやって「ああ自分が悪かったんだ」と認識させ
さらに罪悪感を抱かせることが必要であり、そのやり方が一応、
社会的に承認されている、というのですから始末に負えません。
それで、人に罪悪感を抱かせたりしないことが重要だ、
という話に耳を傾けてくれる人は多くないかもしれません。
罪悪感はその人にトラウマを与えているようなものです。
すると後々、似たような機会に遭遇すると萎縮してしまいます。
結果、その人の精神的な自由を奪ってしまうのです!
罪の意識を持ちやすい人は、教師や上司に叱られやすいものです。
簡単に罪悪感を受け取ってもらえそう、だからです・・・(;^王^)
逆に、何を言っても決して自分を責めず、肯定的でおおらかな人は
罪悪感を抱くことができないので、とても叱りにくい存在になります。
誰かに迷惑を掛けたなら、頭ごなしに叱るのではなく
その経緯をよく聞いて、釈明する機会と謝る機会とを与えるべきです。
謝る機会を与えたなら、快く許すことです。
そして、
迷惑を掛けた本人が、今度から気を付けよう
という気持ちになれば、罪悪感を与えなくとも
教育的な効果は十分適っています。
一体この過程のどこに罪悪感が必要なのでしょうか?
今日はかつて
あらゆる間違いを犯した自分を許す日です。
あらゆる馬鹿な行いをした自分を許す日です。
いろいろと迷惑と心配をかけた自分を許す日です。
誰にも言えない恥ずかし行いをした自分を許す日です。
それが、自分の罪悪感を癒すことになります。
今日は、罪悪感を癒す日です。